斎藤工の家族構成や学歴がおもしろい!学生時代の元カノは10歳年上だった?

芸能

現在ドラマで大活躍の斎藤工さん。
家族構成や出身中学高校の学歴やエピソードなどをご紹介したいと思います。

 

斎藤工のプロフィール

引用:https://www2.nhk.or.jp/archives/jinbutsu/detail.cgi?das_id=D0009070330_00000

まずは斎藤工さんの簡単なプロフィールをどうぞ

名前:斎藤工(さいとう たくみ)
生年月日:1981年8月22日
年齢:38歳(2020年2月時点)
身長:184㎝
血液型:A型
出身地:東京都

 

斎藤工の経歴とは?

 

高校時代から「メンズ・ノンノ」「ポパイ」といった男性ファッション誌でTAKUMI名義で活躍。

20歳:2001年に映画「時の香り~リメンバー・ミー」で、俳優デビュー。

その後「ビー・バップ・ハイスクール」や「ゲゲゲの女房」「八重の桜」などの話題作に脇役として多数出演する。

27歳:同年NHKの「オトコマエ」で連続ドラマ初主演を果たす

33歳:2014年「昼顔~平日午後3時の恋人たち~」で、上戸彩の不倫相手でブレイク。

その後、セクシー路線のドラマなどにも引っ張りダコとなる。

 

斎藤工の家族構成とは?

 

斎藤工さんは両親・姉・たくみさんの4人家族です。ご実家はレストランを経営しているようです。
姉はたくみさんの2歳上で喧嘩が強い体育会系との情報があります
これよりご両親やお姉さんについて詳しく紹介していきます。

斎藤工の父親

斎藤工さんの父親が俳優だったとの噂がありますが、これは全くのデマのようです。
今はレストラン経営をされていますが、以前の職業は、東北新社の会社員でした。
父親の勤務先が映画製作会社で映画好きだったこともあり斎藤工さんも大の映画マニアになったようです。

 

斎藤工の母親

 

斎藤工さんの母親の職業は指圧師だったようです。今は斎藤工さんの父親と一緒にレストラン経営をされています。

 

斎藤工の姉

 

斎藤さんのお姉さんは、体育会系の方で大学は『日本体育大学』へ進学されています。
職業はライフセーバーでガチで体育会系です。
学生時代は姉弟喧嘩になると、お姉さんがたくみさんに馬乗りになって往復ビンタをしてたくみさんは戦意喪失をしてその後失神していたようです。
そんな少し恐いお姉さんは今では結婚して大分で幸せに暮らしているようです。

実家はお金持ちでレストランを経営?

斎藤工さんは独特の雰囲気があり変わっていますが、ご両親も相当変わった方達のようです。
両親は放浪癖があるようで、フラっとメキシコに行ったりするそうです。
また以前にグァテマラに住んでいた経歴があります。
そんなご両親に影響を受けて斎藤さん自身も学生時代にバックパッカーとして世界12~13か国を回っていました。
斎藤さんの実家は東京の三軒茶屋で『スープとケバブ食堂デリカッテ』というレストランを両親2人で営んでいました。
しかし斎藤さんが人気が出てきた為一部の心ない人が、お店の近くにある斎藤さんの実家の呼び鈴を鳴らす『ピンポンダッシュ行為』や家の写真を撮っていく人が続出したため、表札も母方のものにかえたりせざる得なくなってしまいました。
そのようなこともあり閉店を決めたのではないかといわれています
レストランの移転先は、斎藤さんのお姉さんの嫁ぎ先の大分県の臼杵市内です。店名は『Cafe デリカッテ』で和モダンなオシャレなお店でした。
提供している料理は多国籍料理で、開店して間もないにも関わらず既に連日満員らしいです。
なので、お金には不自由していないようですね。


斎藤工の出身校と学生時代について

 

小学校:東京シュタイナーシューレ(現シュタイナー学園初等部)
中学校:世田谷区立梅丘中学校
高校:日本学園高校

そして斎藤さんは高校卒業後は、大学に進学していません。

それでは一つずつ学生時代のエピソードについて紹介していきたいと思います。

小学校時代

斎藤工さんが入学した小学校のは、私立の共学校の東京シュタイナーシューレです。
現在は神奈川県の相模原市に移転しています。

この学校は独自の方針で教科書を用いない、テストなど点数による評価もおこなわない、競争に勝つよりも興味を知ることにウェイトを置くなど、ユニークな教育がおこなわれています。
日本にはまだ数えるほどしか学校がありません。
斎藤さんは系列の幼稚園からシュタイナー教育を受けています。
斎藤さんが在籍していた当時はシュタイナー教育の理解も低かったので、同級生がわずか7人ということもありました。
斎藤さんは当時のことを次のように振り返っています。

「僕はシュタイナースクールという7年制の学校に通っていました。田植えとか家を作るとか、体験を通じて感性を育むという授業でその当時はちょっと嫌でしたけど、今思うと素晴らしい学校だと思います」

斎藤さんが海外に興味を持ったきっかけは、小学校4年生の時には姉と共にイギリスのサマースクールに参加したことで「世界でいろいろな体験をしたい」と思ったそうです。

小学校6年生の3学期ににサッカーの強い公立中学校に入学するために、公立小学校に転校していますがシュタイナー教育方針とあまりにも違うので驚いたそうです。

インタビューでは次のように語っています。

「勉強方法は全然違ったし、点数をつけられてランキングで評価されることも今までなかったこと。単純にクラスの人数が多いということだけでも大きな変化でした。シュタイナー学校の時代は少人数で全員とのコミュニケーションが密だったし、それぞれの家庭との関係も深く、全員が家族みたいだった。それが、一定の距離を置いた付き合いが普通になるわけです」

 

 

中学時代

引用:https://resumedia.jp/8817.html

斎藤工さんの出身中学校は地元世田谷区内の公立中学校の梅丘中学校です。

後述するように小学生時代は少人数制の私立小学校に通学していましたが、中学校は「サッカーの強い地元の公立中学校」であるこの中学校に進学しています。

この中学校は伝統的にサッカー部が強豪で大会の上位に進出するほどです。

斎藤さんも中学時代はサッカー部に所属して、熱心に部活動に取り組んでいます。

その他中学時代に父親から勧められて見たヤクザ映画の「仁義なき戦いシリーズ」が今の自分を作っている最大のルーツと語っています。

また中学時代には既にシナリオを書いており、父親に連れられて映画の撮影現場の見学もしていたそうです。

斎藤さんは自身の中学・高校時代を振り返って、次のようにもコメントしています。

「僕の中学時代はサッカー部で毎日部活だったし、高校は男子校。甘酸っぱい思い出といえば、女の子と一緒に帰るのが最大のイベントでした(笑)。多感な時ということもあり、ひとつひとつの記憶を鮮明に覚えている。“下駄箱の前で憧れの先輩と話したな”とか、そんな些細なことに敏感になる時期は貴重だなって思います

 

高校時代

引用:https://topigoo.com/saitoh_takumi_height_age_profile/

斎藤工さんの出身校は、私立の男子校の日本学園高校で偏差値は47です。

放送作家の高田文夫さんやタレントの太川陽介さんらもこの高校の卒業生です。

高校時代の斎藤さんは「エッチなことばかり考えていて、ホットドックプレスを愛読していました」とインタビューで話しています。

将来は父親と同じく映画業界で働きたいと思っていました。
そしていきなり作る側を目指すのではなく、役者を経験してから監督になったほうがおもしろいと思い、役者を目指しましたが上手く行かず、まずはモデルからと考えます。
その後自ら高校1年生の時にモデル事務所に売り込んでファッションモデルとしてデビューを飾っています。
高校時代から「TAKUMI」名義で「メンズノンノ」や「POPYE」などに起用される人気モデルになっています。

その他高校の春休みにはバックパッカーとして海外に一人旅に出るなど、当時からかなり行動力があったようです。

行先はパリや香港で、貧乏旅行だったので旅費を稼ぐために現地のモデルオーディションなどにも出演しています。

旅の壮絶仰天のエピソードといえば、パリの安ホテルで知り合ったカップルの部屋にガラの数人の悪い男たちが押しかけてくるなど、マフィア映画さながらの場面に遭遇し、その際には警察へ通報することを疑われて斎藤さんはジャガーで連れ去れています。

郊外の小高い丘で穴を掘らされたことから、斎藤さんも殺されることを覚悟。

自分の墓穴を腰のあたりまで掘ったところで男たちは奪ったパスポートなどを穴に投げ込むと、「ジョークだ!」と言って解放されたも残っています。

高校生でありながらこのようなショッキングな目に遭ったことから、斎藤さんは「ある意味、今は余生です」と語っています。

 

高校時代の彼女は10歳年上だった?

 

また斎藤さんは、高校時代には既に10歳ほど年上の女性と交際していたことを「ボクらの時代」に出演した際に明らかにしています。

最初に付き合った彼女が10コぐらい上で、かっこいいと思い込んで依存していたそうです。

そのせいで、高校時代に同級生との時間をおろそかにしてしまったと後悔しています。

バイト先はレンタルビデオ店でした。
そこで「あ」の棚から作品を全て見ていき、以降の4年間でトータルで約1000本もの作品を鑑賞した経験もあります。

そして斎藤さんは高校卒業後は、大学に進学していません。

当初は映画学校に進学しようと思って願書も送っていますが、父親から「映画は机の上で学ぶもんじゃない。一刻も早く現場に出ろ」と言われたことから、進学を辞めて本格的に俳優を目指しています

高校卒業後に東京の代々木上原にある俳優養成所の「伊藤正次演技研究所」に入所して演技を学んでいます。


まとめ

 

いかがだったでしょうか?
斎藤工さんの人物像がどのようにして出来上がったのかここに少しヒントがありましたでしょうか?
学生時代から行動力があり、ユーモアがありますね。
今後の斎藤工さんも目が離せませんね。
ますますのご活躍を応援しています。
ここまで読んでいただきありがとうございました。

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