古市憲寿のWIKI風プロフや学歴、家族構成が一風変わっていた?自己中が必要だと主張する意味とは?

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ストレート過ぎる発言で度々炎上している古市憲寿さんですが、メディアでは鋭い評価や発言で高い評価を得ていますね。
そんな古市さんはどんな方なのかプロフィールや学歴、家庭環境などを調べてみました。

 

古市憲寿のプロフィール

引用:https://headlines.yahoo.co.jp/

まずは簡単な古市憲寿さんのプロフィールについてみていきましょ

名前:古市憲寿(ふるいちのりとし)
生年月日:1985年1月14日
年齢:34歳(2020年2月時点)
出身:東京都
血液型:O型
身長:173cm
職業:社会学者・作家

 

古市憲寿の学歴

 

古市憲寿の出身大学院

 

学校名     東京大学大学院
学部・学科(修士課程)     総合文化研究科・国際社会科学専攻相関社会科学コース修士課程
学部・学科(博士課程)     総合文化研究科博士課程

大学院に進学しようと思ったきっかけは、大学でお世話になった長谷部葉子先生に「古市くん、東大の大学院に行った方がいいんじゃない?」と言われたからなんだそうです。

もともと一般企業に就職をするつもりは無く、大学の友人が起業したベンチャー企業に就職する予定だったそうですが、結局大学院ならベンチャー企業と両立できるだろうと大学院に進学することにしたようです。
しかし、先生に言われたからと言って簡単に東京大学大学院に入れるものでもないので、古市憲寿さんはやっぱり頭脳明晰ですね。

 

古市憲寿の大学院時代のエピソードとは?

 

古市憲寿さんの修士論文のテーマ名は明らかになっていませんが、2010年8月17日発売の修士論文を元にした新書『希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想』は2011年新書大賞7位になりました。

本の内容は”世界平和を夢見てピースボート(世界を回ることで国際交流を図る船)に乗り込んだ若者が、同じ考えの仲間と出会えたことで意気投合し、そこに満足してしまって世界平和などどうでも良くなってしまった”というものでしたが、この出版をきっかけにコメンテーターとしてテレビに出演するようになりました。

修士課程を修了し、慶應義塾大学SFC研究所上席所員(研究所の研究員) に就任した古市憲寿さんは、他にも2013年に安倍内閣の経済財政動向等についての集中点検会合委員や2014年内閣官房クールジャパン推進会議メンバー、2017年、厚生労働省の多様な選考・採用機会の拡大に向けた検討会委員など様々な役職に就いています。

 

古市憲寿の出身大学

 

古市憲寿さんは2003年4月に慶應義塾大学・環境情報学部へ入学し、2007年3月に卒業しています。

学校名     慶應義塾大学
学部・学科   環境情報学部
偏差値     71

SFCは日本初のAO入試(高校までの学業や課外活動などの総合評価と当日の小論文・面接などで合否を決める入試方法)を採用した学校で、古市憲寿さんはそれを利用して入学しました。

世間的にAO入試を軽く見る傾向がありますが、入学してから学ぶ内容は同じ。 古市憲寿さんは一般入試で合格するために塾や家庭教師などのコストを掛けて入学するよりもAO入試のほうがコスパが高いと合理的に考えたようです。

 

古市憲寿の大学生時代のエピソードとは?

 

今や社会学者の代表のような立場になっている古市憲寿さんですが、大学2年生までは建築やデザインの授業ばかりを取っていました

それがたまたま空いた時間を埋めるために取った『近代史』の小熊英二先生の授業が新鮮だったといいます。

これまで学んだ歴史の科目について、社会学を通すと違って見えることが楽しくて社会学にのめり込み、埼玉の実家から慶應義塾大学SFCまで片道2時間半の通学時間を使って、社会学の本を読みあさったと語っていました。

古市憲寿さんは大学3年のときにノルウェーに1年留学しましたが、その理由は就活から離れたかったからで、ノルウェーにしたのも勉強が楽そうだったからだそうです。

週3日の授業で予習復習もなく時間に余裕があったことからヨーロッパを旅行しながらの留学生活でした。

古市憲寿さんの大学の卒論のテーマは『ノルウェーの育児政策』で、単に旅行を楽しんでいただけではなく、卒論の内容を練りながら社会見学をしていたということなのでしょう。

同じ留学でも、アメリカコロンビア大学大学院に留学をした小泉進次郎さんは勉強についていくために睡眠時間が3時間だったことからすると古市憲寿さんとはかなり違いがありますね。



古市憲寿の出身高校

古市憲寿さんは2000年4月に埼玉県立越谷北高等学校・普通科へ入学し、2003年3月に卒業しています。

学校名     埼玉県立越谷北高等学校
学科・コース  普通科
偏差値     66~67
入試難度    難関

 

古市憲寿の高校生時代のエピソードとは?

 

高校時代はホラー小説を片っ端から読んでいるような学生だったそうです。
自らのことを“地味な人間”とつぶやいていた古市憲寿さんは、友達に対して逆に恐怖を感じていた様子。

高校生にとって一番興味深い男女交際 について「行為が汚い」と思っている古市憲寿さんと共感できる人はほとんど居なかったそうです。

自分と意見が違うことに違和感がある恐ろしさは感じないと思いますが、高校生の時から炎上するような発言は顕在だったのかもしれませんね。

いっぽう大学入試や受験勉強のことについて慶應義塾大学環境情報学部を選んだ理由は“いろんなジャンルが網羅されていて自由が利く”と言うことでした。

法学部や経済学部など専門性の高い学部に入学してしまうと途中から変更することができませんが、慶應義塾大学環境情報学部は色んなジャンルが網羅されている=事実上学科がないので、自由が利くことに魅力を感じたんだそうです。

古市憲寿さんは合理的に物事を判断できる人なんですね。

AO入試で有利になるためには受賞歴が大事だとコンクールを探していたのですが、作文や論文になると文字数をたくさん稼がないといけないので、『詩』を選んだようです。

古市憲寿さんはコストパフォーマンスを重視しますが、最小限の労力で最大の結果を得ようとする姿勢がここまで徹底されていると、清々しく感じますね。

 

古市憲寿の中学校と小学校

川口市立慈林小学校へ1991年4月に入学し、1997年3月に卒業しています。

 

中学校・小学生時代のエピソードとは?

勝手に決められたクラスメイトと仲良くしなければならない理不尽さに違和感を持っていて、
小学校・中学校は不登校気味で、学校に行きたくなかったんだそうです。

公立小学校・中学校の場合は地域と生まれた年だけで区切られているので、気の合う友達がクラスにいればいいですが、古市憲寿さんのように異色の人には苦痛でしかなかったのでしょうね。

小学校5年生になると「学校を自分の居心地の良い場所に変えれば良いのではないか」ということに気づき、クラスの意識をコントロールする方法を考えついたんだそう。

それは当時のクラスで良い行いをした人に発行する“ポイント制”を利用して、クラス新聞にネタを提供してくれた人にもポイントを発行することを許可して欲しいと交渉しに行ったんだとか。

そうして古市憲寿さんは新聞係になり、ポイントを発行できる立場を得、クラス内世論を操作できるようになったようです。
クラス内を操作できるようになってはいましたが、それでもまだ学校に行く意味がないと思っていました。

それは学校には行かずとも、春休みに1年分の教科書の読み込みとワークは済ませていたので、たまに登校してテストを受けても学年トップになることもあったようです。

教科書を読んだだけで全て理解できてしまっていたら、学校に行く意味がないと思うのは当然でしょう。

 

古市憲寿の家族構成は?

 

古市憲寿さんは7人家族です。
父方の祖父母、父親は公務員、母親は専業主婦、2人の妹がいるそうです。
妹さんは結婚しており子供もいるようで
古市憲寿さんが妹さんの子供と一緒に
写っている写真がインスタグラムに上がっていました。
古市憲寿さんの家庭事情も変わっており、各自それぞれの部屋にテレビがありました。
食事もバイキング形式だったそうで、あまり家族団欒という環境ではなかったそうです。
古市憲寿さんの家庭自体が個人主義みたいた環境だったようですね




まとめ

 

幼い頃から古市憲寿さん自体が一風変わった少年だったようですね
それにしても学歴が凄いですね。
まさに天才肌です。
世間からはストレートな発言が多すぎて炎上で注目を集めていますが、マトを得ている内容なので納得してしまいますね。
家庭環境も個人主義を徹底されており、今の古市憲寿さんを作り出した要因のようですね。
今後のご活躍も期待しています。

 

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